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久比岐平野は越後のはづれ 俺が生まれて育ったところ
草木豊かに土肥ゆる 我が母なる久比岐の里よ
俺はここに夢を育てる 久比岐の里より 作詞平澤栄一 |
米どころ新潟の南の端、上越、ここは古くから「久比岐」「久比久野」くびき・くびきのの名で呼ばれてきました。
一方を日本海、三方を米山や妙高など越後の山々に囲まれた田園の中にあります。
四季折々に変わる米山や尾神岳と「ほくほく線」。そして雄大な妙高連山。
日本海はすぐ近く、海の幸、山の幸、里の幸、この豊かな大自然に恵まれています。
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| 初春の米山 ♪米山さんから雲が出た |
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夏の米山と田園風景・のんきに走る「ほくほく」線 |
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| 雄大な妙高山 |
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夏の日本海 |
米山(YONEYAMA) 高田平野と刈羽平野の間にそびえ、秀麗な山容を見せています。
三階節で古くから親しまれ、信仰の山として山頂には米山薬師が祭られています。標高993m、 登山ルートは5つ。
谷根ルートは猿飛橋を起点とした片道3時間30分のコース。
「♪米山さんから、雲が出た・・」米山甚句で有名な霊峰米山は、四季おりおりの雄姿で私達をいつも励ましてくれます。
霊峰米山とほくほく線 |
尾神岳の雄姿 |
- ほくほく線 ほくほく線は、新潟県六日町を起点として、日本一の大河信濃川を渡り日本海側の新潟県大潟町に至る延長59.5kmの第三セクターの鉄道です。
着工から29年の歳月を経て無事完了、平成9年3月22日に開通しました。
写真は在来線では日本一長い陸橋(約3.0km)を通過してる「ほくほく線」です。越後湯沢経由・金沢までのJR線も通ります。
- 大潟新田・・・我がふる里・美田の歴史 ほくほく線の陸橋は頸城村と大潟町に渡る圃場を分断する形で通過します。
今は30a区画に整備された美田こそ、その昔「大潟八千石」と称せられた大潟新田、約800?fです。ここは海抜ゼロメートルの所もある湛水地帯でした。大潟新田開発以来、天保六年(1835)第二回目の新堀川開墾完成まで、大潟180年の歴史は漫々たる湛水との苦闘の連続でした。
大潟悪水吐潟川の工事の最初は宝永七年(1710)です。
しかし、潟川はしばしば排水の用を便じなくなり、大潟の湛水となりました。
自然凶作が続き農民は塗炭の苦しみを受けました。
「潟端乞食」とはこうした農民を卑しめていう言葉になりました。
宝暦の新堀川開墾に尽力した、下増田新田大竹久左衛門、潟田笠原喜平次、寺田新田庄屋籐左衛門の話は今に残ります。
新堀川揚水機場のある大潟町犀潟には「潟守神社」があり、潟を守るために移住したとされる笠原、大竹姓の家が残ります。
二十四ヶ村が助かりました。その集落は、柳町・富田・寺田・岡田・上原・中柳町・下池田・上池田・中増田・下増田・大潟・米倉・稲原・泉・吉崎・潟町・岩野四ッ谷・上土底・中土底・下土底・下土底・蜘ヶ池・田村・須浜です。
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