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「謙信公讃歌」は上越観光案内協会 会長の永見完治氏の著作からいただきました。
氏を日頃から尊敬している一人として上杉謙信ゆかりの史跡を紹介しながら郷土の英雄を偲ぼうと思います。 |
雁金城
旧頸城村にある山城。戦国時代上越地方には上杉謙信の居城・春日山城を中心に出城がちょうど扇状に築かれ、敵の侵入を防衛する拠点となっていました。
8月16、17日と開催される「謙信公祭」に合わせて16日午前9時、周辺町村と合併記念イベントとして「謙信のろし」を上げることになり、私は雁金城の担当でした。とても感動しました。
周辺は樹木が鬱蒼と生い茂り現地の伐採から始めました。
地元石神、花ヶ崎集落のボランティアの方々が熱心に応援していただきました。
すばらしい史跡を後世に残すように汗をかこうと思います。
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| ボランティアの皆さん、ああ疲れた。 |
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やっと見えた、ところで春日山城はどっち? |
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| 狼煙に点火。あいにく当日は小雨。 |
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右上方に狼煙をかすかに発見。妻写す。 |
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茶臼山
上杉謙信が天正6年(1578)3月13日に49歳で急死しました。あまりに突然の死だったために後継者が決まっていませんでした。謙信には実子がなく、二人の養子、景虎と景勝が争うことになりました。これを「御館の乱」と言います。景虎は敗れるわけですが、頸城には景虎方について敗走した武将手島氏の居城、茶臼山があり、御姫様が身を投げた伝説がある古井戸は水が枯れたことなく史跡が保存されています。 |
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| 手島氏跡、荒城の月か。 |
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矢竹が残っている。 |
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| 古井戸茶臼山、頂上付近 |
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茶臼山の頂上、眼下に南溜池 |
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